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2008年5月31日 (土)

西の魔女が死んだ13

★ 西魔女13脚本奮闘記

第1日目、西の魔女ことサチさんと軽い顔合わせ、
と思ったら、
西の魔女は、物語について突っ込んだ話をして来た。
それは明日やる予定なんだけど…
と思いながらいろいろ話した。

で、翌日、
制作会社の会議室で
プロデューサー、監督、助監督、通訳含め
本格的な脚本のディスカッション。

お互い気になる所だけ打ち合わせるのかと思っていたら、
脚本の初めから、
最終ページまでびっしり話し合いが続いた。

しまいにはオレが『まい』や他の役者になり本読み状態の
ディスカッション。

サチさんは、おばちゃんの話し方がキレイすぎる。
もっと、まいに対して
普通の親しみある言葉で話したいと言った。

…どう説明すれば良いのか…

でも、

でも、普通の親しみある話し方をすることは、
この物語では違うのだ。
原作が持っている話し方の大切さを何十分もかけて伝えた。
サチさんもプロなので分かってくれた…。

そして、細かい感情は…
アメリカで何十年も英語で、
文化が違う場所で暮らしていたのだから、
いくら年少時代日本で暮らしたからといって
分からない事だらけなのは当たり前だ。
そんな細かい感情を初めから説明していった。

サチさんの中でもひとつひとつ
心の奥底にあった疑問が解決されていったようだ。

ひとつだけ、
サチさんとオレでぶつかった。

それは、
おばあちゃんの祖父が海に落ちた話をする場面だ。

サチさんは台詞の中に祖母、祖父という言葉が
何度も出てきて言いにくいと言う。

当たり前だと思った。
オレがおばあちゃん役だったとしても、
なんとかしてくれないかと泣きつくだろう。
でも、此処だけは譲れなかった。

サチさんは言った。
「意味が通じるなら、祖父、祖母じゃなくて、 
   おじいちゃん。おばあちゃんの方が
   良いんじゃないか? 」

「じゃ、そうしましょう。
 でも、サチさんが演じるおばあちゃんの
 品格がなくなります。
 品格というのはとても小さい所に出るんです。
 とても大切だと思う。
 私にとっては、
 祖父、祖母という言い方がそれなんです。
 映画が出来上がった時、
 あなたが、おばあちゃんが、
   品格なく見られたくなかったので、
 大変だけど
    祖父、祖母と言って欲しいと思ったんです。
 小さな事ですけど。
 でも、意味は通じるのでサチさんの言う通りに、
 やめましょう」

どう話そうか…自分なりに考えた賭けだった。

(さあ。どうでる?)

と心の中で思い、
サチさんの顔も見ず目の前にあるお菓子を食べていた。

サチさんは少し無言になり、

「祖父、祖母で行きます」と言ってくれた。

1jpg_2
結構激しい討論だったので
そこで休憩を入れる事にした。

オレが煙草を吸いに立ち上ろうとした時、
サチさんが突然立ち上がり早足で近寄ってきた…
結構きつい事をバンバン言ったので、
殴られるのかなと思ったら、オレを抱きしめた。
とてもビックリした。

「私はこの役を完璧にやりたい…
     …でも恐いわ…とても…」

私を抱きしめ泣いていた…。

オレは…オレも役者なのでその気持ちは十分わかる…
たしかに恐いよ。
しかも、サチさんの台詞は全て日本語で、
難しい言葉が沢山ある。
オレはサチさんの背中を撫でた。
そして両頬を包んで

「出来ないと思ったら出来ない。
 出来ると思ったら出来ます。
 後はサチさんがこの役へ、
 どれだけの愛情を注ぎ込めるかです。
    絶体出来ます。
 私のこういう勘はとても当るの、大丈夫です。」

と、抱きしめた。
何か威張っているみたいだったけど…
そうする…そう言う以外なかった…。
カチンコがなれば役者は誰でも一人なのだ。

そんなこともあり二人の仲はとても近くなった。
撮影が始まり応援FAXを何枚も送り、
現場に行った時は二人で一緒にご飯を食べ、
内緒話をして泣いたり、怒ったり、笑ったり… 

でも、現場では、
ディスカッションした時のサチさんではなかった。

堂々とした、おばあちゃんだった。

今考えると…

ほんとオレは性格が熱いから、
相手が外人でも偉い人でも
話し始めたら関係なくなっちゃうんだなと反省もした。

西魔女14脚本奮闘記へ つづく

次回は、
西の魔女とまいとのリハーサル風景です。

Photo_3

2008年5月29日 (木)

うんこ好きなんだ

Jpgうんこ好きなんだ。

昔からうんこの置物があると
買わずにいられないんだよね。

本物のうんこは触れないけど。

2008年5月28日 (水)

西の魔女が死んだ12

★西魔女12脚本奮闘記

『西の魔女が死んだ』
おばちゃん、ママ、まい、
女三世代の話とイメージしがちだが、
オレにとっては、まず、始めに、

おじいちゃん(おばあちゃんの旦那さんね)
の存在をちゃんと考えようと思った。

おじいちゃんは、この物語の
大きなバッググラウンドなのだと。

おじいちゃんが素敵な人だったから、
今のおばあちゃんもある。

なので、家を作ると聞いた時、

『この家は、イギリスからたった一人で出てきた、
 おばあちゃんが、寂しくないように
    イギリスで生活していた様にはいかないけど、
 少しでも異国で暮らしやすいようにと、
 おじいちゃんからの、
 おばあちゃんへのプレゼントなんだ。そんな家だ!』

と家人に言った。

もちろん、和風の部屋もあるのだけど。

おばあちゃんの大きな心は、
おじいちゃんに沢山愛されたからこそあるんだ。

無条件に愛されると
人は優しくもなれるし
心が豊かにもなる。
そして、
自分ももっと、
だんだんと相手を大切に愛したい…

と思うんじゃないかな…
そんな夫婦だったんじゃないかなぁと思った。

でなかったら、おじいちゃんが死んだのに何故、
イギリスに帰らないのか?妹も親戚もいるだろう。

でも、
おばあちゃんは、
おじいちゃんの存在が見えなくなっても、
二人で暮らしてきた二人の場所を離れたくなかった。
おじいちゃんを感じながら、
一人になっても二人で生きて来たように、
この場所で暮らして行きたかった。

「いつまでも、あなたと一緒なのよ」

と、勝手に思い…大きな愛だなと感じた。

Jpg_2
そんな思いで、カットされたけど、
お茶を飲んでいるおばあちゃんを
おじちゃんが静かに見守っているシーンも作った。

それと、おじいちゃんは
とてもユーモアもある人なんじゃないかなとも思った。
で、キュウリとジャムのシーンを作った。

オレにはこの物語を読んだ時、
おじいちゃんの存在がとても大切だと思った。

西魔女13脚本奮闘記へ つづく

次回は、
役者さんとのデッスカッション、
リハーサルなどの
お話をして行こうと思います。

2008年5月27日 (火)

西の魔女が死んだ11

★西魔女11脚本奮闘記

ある日、バンビから笑いながら電話があった。
「ぎゃっははは〜〜!!わかったよ!ねえさん!
 高校の時、英文タイプ専攻してたって言ってたよね。
 わかった!わかった!ぎゃははは!
 パソコンのキーボード叩き壊したり、
 夢中になった時キーボード血だらけにするの!
 この前さ、小津映画の『麦秋』みてたら、
 
あの美しき可憐な原節子さん
 容姿は物静かなんだけど英文タイプを打つ手元が
 恐いくらい人をブン殴りそうなくらい力強いんだよね!
 あれなんだぁー!

そうなんです。英文タイプというのは
黒い、リボンテープにアルファベットの金具?を
ひとつひとつ叩き打たないと
文字がしっかりと映らないんです。
おまけに、オレの小指は詰めてる
わけではないけど、

短いので、良く割れて血が噴きだし、
バンソウコなんてしていたら
猛スピードで打てないのでキーボードが
血だらけになりお釈迦になるんです。

血だらけにはなりますが、
昔、専攻していたことが、今の時代に役立つなんて
思いもしらなんだ。良い事もあるね。
テレビ見ながら、人の話聞きながら、歌いながら
打てるのは、勉強が大っ嫌いで
英文タイプを専攻していたからだろう。

Cc_4
脚本の話に戻るけど…

今回、悩んだのは〜まいが、おばあちゃんの家に来て、
それなりの大きな心の問題を抱えてきたので、
本当なら、いろいろ出来事をテンポ良く飛ばして
物語を進行して行きたかったけど、
無理の無理だったこと…

いくら大好きなおばあちゃんの家でも、
直ぐ心の氷は溶けない。

おばあちゃんもそれを十分かっていて、
まいに普通の生活の手伝いをさせる。

書く側も、おばあちゃんと同じように、
まいを子供扱いしない事を心がけた。

んで、とにかく二人でジャム作りをしっかりやる。
人と言葉は交わさなくても何かをする事は、
目には見えない何かしらの関係が出来始める。
自分がそこの家の一員になれる。自分の居場所ができる。

とにかく、まい自身の心の底から、「ふっ」と、
自分でも気がつかないうちに笑顔がでるまで、

「魔女になれるかな」と思いつきでもいい、
自分の中からまいの意志が出てくるまでは、

例えスローテンポでも、
おばあちゃんとまいが自然との触れ合いの中で
普通の生活を積み上げていく。

(…けっこう大変だなぁ〜と
 ズボラなオレは書きながら思った。)

でも、それが今後の物語の
とても大切な要になってくるだろうと思った。
簡単なようだが、書くには、なかなか勇気がいった。

なんだか…今日は真面目なオレだなぁ〜

Jpg
西魔女12脚本奮闘記へ つづく

2008年5月26日 (月)

世界の夫婦へ仲間入り(取材)

オレら夫婦が、
日本だけではなく、

世界中で物を作りだす夫婦、
『触発しあう、男と女』に、
日本映画界を代表し選ばれました〜♪

Jpg_3
ああ!鼻血ブーーー!!

あ、お亡くなりになりました市川崑夫妻も。

選ばれたメンバーも凄い…取材の依頼がきた時、
オレ達でほんとに良いのかよ…始め戸惑いましたが、
良い記念とお受けしました。

雑誌の始めの方、2ページを堂々飾っておりんす。
又ね、二人の写真が良いの。
こんなに仲が良いのオレら??って感じ。
カメラマンさんありがとう。

大嘘つきな素敵な写真。

二人が物を作り出す時にまつわる、
色々な小物の写真も沢山載ってます。

皆さん、本屋に行き、是非読んで下さい。
これ買っても損ないよ。面白いのよ。
夫婦って十人十色ね〜

でも…オレら夫婦の場合、正確に言えば、
『触発しあう、男と女』
というより
『ぶっ飛ばしあう男と女』
のが正しいかも…
そんな、家出… あ、あんまり言っちゃまずいな。
いろいろ暴露してます。
一応芸能人なんだけどさっ、聞かれると話しちゃうんだよね。

テレビだったら
ピー!ピー!ピー!ピー!の
ピー!ピー!ピー!ピー!で…

で、プロデューサー、即、クビだね。
まぁ!
とにかく読んで下さい!

5月24日に発売されました。
『ATES』(アテス)です。

表紙は、 ジョンとヨーコよ♪
オレらは シュンとミコよ♪
Photo

2008年5月22日 (木)

西の魔女が死んだ10

★ 西魔女10脚本奮闘記

オレは何かを書きだす時…
その物語と正反対のビデオ…今はDVDか…
そういう物を見て色々考える。

家人(長崎監督)とオレは、
脚本の骨組みが出来上がると、
お互い別々に別れ、
何も話さず、
自分の部屋で机で、物語の最初から最後まで
自分なりの脚本を書く。

そして最後に…
どちらかをメインにして、それを直す。
組み合わせるのか?どうしたのか?
オレは忘れっぽいので…
もう、『西の魔女が死んだ』も忘れている。

というのはまったくの嘘で、
取材で色々言っているので、
ギリギリの所までしか個人のブログでは書けん。

オレは書きだすまで、「お前!大丈夫か!」と
誰もが叫びおののくように書きださない。
『西の〜』も同じだ。

毎回、題材に反抗するように違うDVDを徹夜で見る。
今回、参考にしたのは、

★『ブラックホーク・ダウン』

  バリバリ戦争映画!

★『カルフォルニア・ドールズ』

          女子プロレス物語。

★『新幹線大爆破』
 走行中の新幹線があるスピードが落ちると大爆破!
 (アメリカの「スピード」はこれのリメイクと言っても過言ではない)

映画通の人には堪らない作品だ。

徹夜してみて体はボロボロになったが、
全て良い映画、いい時間を過ごせた。

脚本の〆切り時間が刻々と過ぎゆく…
でも、ソファで寝ころんで違う本を読んだり…

でも、頭の中ではクルクルコロコロ…
家人に話しかけられても、地震で揺れていても
身動きしないで、
頭の中ではクルクルコロコロ…
自分の頭の中のスクリーンで、
物語の最初から最後まで描かれ始めている。

あああぁーーぁああーー!!

体が雷に打たれたように固まる。

何かを書き始めるとき、
いつも
起きる現象がある。

氷のように冷たい、とても太い布団針が、
頭の天辺から心臓も内蔵も全て…肛門を通り越し
体の中を抜け切って行く。

そうなると、もっと何もかも分からなくなる。

昼なのか夜なのか夜中なのか… 音も…
世界中から全ての音が消える……
まったく何も聞こえなくなる。
家人が、

オレの目の前で話しかけているらしいが
オレはまったく無視しているらしい…
ワザとじゃない…分からないのだ。

机の上、床の上、トイレの中で
よく気絶をしている。

そして、血だらけ血まみれになる。

では、この続きはまたね。

西魔女11脚本奮闘記へ つづく
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2008年5月21日 (水)

西の魔女が死んだローズよ!

今、バラがキレイね〜
オレ、
いつからか忘れたけどローズの香りに凝っちゃって、
女なのね〜。
石鹸やらシャンプーやら今、バラだらけぇ〜♪

今発売されています、
この雑誌

『ガーデン&ガーデン』
もバラ特集〜

そしてオレも取材されて
              載っているんです。

「バラのような!
   
女王様を超えた大女優さま!!
    いや!!もっとそれ以上な!」

って題で…
あーはっはははっは〜〜〜
嘘、嘘、嘘、嘘八百八町ー!!

取材の内容は、
『西の魔女が死んだ』の庭の構造、
草花、ハーブティ…様々が紹介されております。

長崎監督(家人)映画について。
オレ、矢沢由美、脚本を書くにあたり。
おばあちゃん役のサチ・パーカーさんのインタビューも。

よろしかったら読んで下さい。
でも、バラの特集は絶品!

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2008年5月20日 (火)

西の魔女が死んだ9

★西魔女9脚本奮闘記

西の魔女のおばあちゃんは誰の中にも…
まいも誰の中にも存在する…。

そんな事を…頭の中でクルクル思い始めた。
それが、オレが『西の魔女が死んだ』の脚本を
書き始めた初めの感覚だ。

ただ、おばあちゃんが森の中の素敵な家に住んでいた。
それが、わらぶき屋根の家でも内容は関係ない。

まいが学校に行けなくなった。
その事、自体、今、よくある事だ…
とても悲しいことに…!

だから…これはファンタジーでもないし、
普通のお話なのだ。

生きていれば、生活していれば、
今の世の中、これからも…たぶん昔も…
学校、社会、家庭…様々にぶつかる問題なのだと…

次回は、オレが『西の魔女が死んだ』の脚本を
書くに当り、
真面目に参考にした、
3本のビデオを書こうと思う。

多分、参考にした、その3本のビデオの話しを読んだら、
オレの頭が
イカレテルと思うかもしれない。

でも、ほんとだから、書いて見ようと思う。
ほんじゃ。

西魔女10脚本奮闘記へ つづく
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2008年5月19日 (月)

西の魔女が死んだ8

★西魔女8脚本奮闘記

さて、脚本書きが始った。
原作を片手に、原作に書いてあることを…
もちろん全て脚本に書くことは出来ないから、
そんなことしたら何時間の映画になるか…。

『西の魔女が死んだ』の物語の内容を大切に
起承転結を組み立てる、映画の骨組みだ。
家人と「ああだ、こうだ」と
声も枯れるほど話し続ける。

骨組みというくらいだから、
体でも骨組みがちゃんとしてなければ歩けないし
大切な作業。

「よし…」とその作業が終り、

おばあちゃんの、
1日の生活〜1週間の生活の時間割を作った。

花、野菜、自然の中で暮らすというのは
見た目一見美しいが、
その生活は大変なものだった。
朝起きると、庭の水まき、鶏の餌と小屋の掃除、
朝ご飯、洗濯、人間だから時にはティータイムで休憩、
昼ごはん、午後の休憩、お風呂、編み物もするだろう。
昼寝もするだろう。読書もするだろう…
畑の手入れ、掃除や窓のガラス拭き(毎日じゃなくても)。

…呆然とした…忙し過ぎる。嘘だよ…こんな生活…
「ばあちゃん死んじゃうんじゃないの?」
でも、何かの作業を削ると生活に
たちまち支障が起きるのだ。

自然と暮らす事は、
見た目と違いとても大変な事だと思った。

そういう生活をして居る方は、
『西の魔女』のおばあちゃんだけじゃなく沢山いるだろう。

気候の変動で時には思い通りに、
事が進まない事もあるだろう…
そんな事を何度も何度も自分で体験しながら
自然の中で自分なりの納得が行く生活を
長い時間をかけ、身につけていったのだな…
と…思った。

『西の魔女が死んだ』では、
おばあちゃんの1日の時間割は
とても大切な
脚本作りのひとつなのだ。
そういう事に適当に嘘をついたら、
この映画は成立しないと思ったから。

それでは!
西魔女9脚本奮闘記へ つづく
8_3

2008年5月17日 (土)

雨に、にあう花…

なんとなく日本ぽい…
なんとなく雨の日に、にあう花だなぁ〜
Photo_2

どんな花にも、日差しや曇りや雨…それぞれ似合う、
個性があるんだなぁ〜と思う今日この頃。

最近、店の前やらいろいろな所に花が植えてある、

夜桜じゃないけど、
最近、夜、店の前に置いてある花を見るのが好きだ。
昼間と違い、又違う顔をしている。

ある所で…植えた方、大変申しわけありません。
う〜〜〜ん…。う〜〜〜ん…。
これは…なんか破れかぶれって感じで、
「なんでもかんでも一緒に植えちまえっ!」
って感じがして、つい立ち止まりじーっと見ていたら、
笑いが止まらなくなってしまった…。
頑張って、いっ、良い表現するなら、
「愛らしい…」…ってか?
でも、腹を抱えて笑っているウチになんとなく
愛情を感じてしまった小さな花壇でした。
I

2008年5月14日 (水)

ジョリ〜

Photo_2

ジョリ〜

Photo_2

2008年5月13日 (火)

愛するちょんまげCD♪

Cdjpg_15意味も泣く泣きたくなる時がある。
そんな時は、
悲しい、美しい、片思いの辛さ〜〜
愛される、愛する、ふられる、不倫リンリン。
そんな歌ぎゃー駄目だぁー!

やっぱり!「ちょんまげ天国」のCDを聞き!
唄い叫ぶ!

♥オレの心中♥

『服部半蔵 影の軍団』
       なんか山に登りたくなる。

★『銭形平次』とても良い人になりたくなる。
       でも、投げた銭は拾いまくる。

★『江戸搜査網』
        日本の音楽じゃないみたいと外人ビックリ!

★『大岡越前』
        加藤剛の横に添い寝したくなる。抱いて…♥

★『木枯らし紋次郎』
        家人に「腹減った」と言われた時、楊枝をくわえ
     「あっしには関わりのねー事でござんす」
        と言ってみたくなる。

不思議な事に…全て歌い終わると疲れ果て、
詩の内容も、なかなか今時の気取った歌より身にしみる。
 
愛も、友も、家族も、仕事も…
果てや…
窓から見える…雲、空、雨、雨の匂い、風の音…
心も興奮するが…又、不思議なもので休まるのだ…
アア…私…息しているのね……

モナムゥ〜〜
これはちょいとアンニュイ系の森山良子さんの歌う、
『セ フィニ 〜愛の幕ぎれ〜』昔の「大奥」です。
「川の水は 海へと流されてゆく
 二人の愛 過去へと流されてゆく
 C`est fini これでいいのよ
 C`est fini これでいいのよ」

そうそうたる方が歌っている!そしてその歌が良い!
『ちょんまげ天国』!!
「水戸黄門」「銭形平次」「江戸を斬るⅡ」
「木枯らし紋次郎」「遠の山金さん」「子連れ狼」
「半七捕物帳」「大奥」
「将軍の隠密!影十八」「浮雲」
「てなもんや三度笠」「風と雲と虹と」
「花のお江戸のすごい奴」「大岡越前」
「いただき勘平衛旅を行く」「三匹が斬る!」
「新五捕物帳」「暴れん坊将軍」
「大江戸捜査網」「服部半蔵 影の軍団」
「文五捕物絵図」「必殺仕掛人」
「必殺必中仕事屋稼業」「仕掛仕舞人」
「仕掛仕事人Ⅲ」「暗闇仕慰人」

ほんとに!ほーんと!!
楽しいよ〜♪♪

2008年5月11日 (日)

富士山。マウントかおり。

Photo_4今迄、適当だったブログの更新も…
最近マメ。
さて、それはどうしてでしょう?
それは…どうでもいいや。
そんな時もあるのさっ!
まともな絵が書けないオレです…。

2008年5月10日 (土)

西の魔女が死んだ7

★西魔女7脚本奮闘記
9日に載った新聞のオレの脚本家の紹介の見出し…
『脚本家界のYAZAWA参上!!』
だった。ちょいと恥ずかしかった。永ちゃんごめんね。
家人に「脚本名を決めろ」
オレ「矢沢由美」
突然口から出た。家人は??
「やっぱさぁ〜ビックになりたいのよ。
 だから
YAZAWAだよ名前は本名の由美でいい」
「そんな安易な考えでいいのか!」
「うるせー本気だ」
しかし、新聞で冷静に読むと、
「永ちゃん大好き!オレもビックになる!!」
とか書いてあるし、もちろん自分で話したから当然。
キャロルとかクールス好きだったんだよね。
でも暴走族には入ったことないよ。バイクも乗れないし…
学生時代はショーットカットでいつも寝癖。
先生に「頭もそうだがお前は女なんだ!ちゃんとしろ!」
と怒られていた。
そんな私が『西の魔女が死んだ』を書くとは

母とばあちゃんは天国と思うけど、
お父ちゃんは地獄かな?
あの世でびっくらこいているね。

Jpg

さてさて昨日の続き、
プロデューサーの方は、
とても熱く、ロマンチストな方だった。
2?3時間話を聞いた。
こんなに人の話を聞いたのはこれが最初で最後かもしれない。
プロデューサーの方と
長崎監督とオレの意見はほぼ同じだったので一安心。
そんなこともあり、
(正直途中、プロデューサーの顔を見つつ、オレの頭の中は
  もう原作の風景、まい、おばあちゃんが浮かんでいた)

( その後…
 そのプロデューサーとオレが、
   半端じゃない大激突!
 お互い涙をちびりながらガンガン!ガンガン!
    そんな…言い合うとはその時、誰もおもわなんだ。
 これだけは!って勝負時!には
    サングラスシャネルの真っ赤な口紅。
    会話中もサングラス取らず…(すみませんでした)
 オレを紹介した長崎監督は沈黙しながら止めも入らなかった。)

 

勘違いして欲しくない!
   その作品をお互いが大切に思えば思うほど、そうなる!
   人でもなんでも愛すれば愛情がとてつもなく
   湧き上がる… それがどんな題材でも。
   (でも、これから富士山のようにドン!と
      大きな心を!

      
大人になろうと思う……
    オレは口が機関銃の様に早口で辛辣過ぎる…直そう!
  
 富士山になるぞーーー!!

初めのご挨拶&会議で別れる時、
長崎監督は、「では又」。
オレ新人なのに、
「引き受けたからには大丈夫です〜♪
    やらにゃ〜!ね♪」

プロデューサー、長崎さん(家人)、
……………(沈黙)」
オレだけお気楽「ホンジャ〜〜!」

帰りのタクシーの中で長崎監督(家人)に言われた。
「お前みたいな性格いいな…」
「なに!しみったれた事いってんのさぁ〜!
    書くんだよ!」

それから地獄の日々が始った。

西魔女8脚本奮闘記へ つづく
(あ!オレの横にいるオジサンは父ではありませんよ。)
Jpg_5

2008年5月 9日 (金)

西の魔女が死んだ6

★西魔女6脚本奮闘記
○ 月×日
長崎監督とアスミックエースという映画会社に行った。
フロアに入ると大きい画面があった。
オレの師匠の『天然コケッコー』の予告が流れていた。
なんか感動した。
くらもちふさこ師匠の作品が初めて映画化され…
…流れているのだ。
オレも、このアスミックエースで…初めての、
脚本家・矢沢由美として仕事をするのだ。

こんな運命的な…と。
Photo_6
後日談だが、
オレはくらもち師匠に脚本を書く事を話さなかった。
アシスタント時代、
くらもち師匠の仕事をしている時の後ろ姿が浮かんだ。
師匠の描き方は壮絶だった。
動かない…まったく…
寝もしない…どこで寝ているの?
まだ動かない…心配で堪らなくなった。
ミルクティーを…
入り口の側にそっと置くくらいしか出来ない。
そして、突然描き出す…見ていて息ができないほどに…
物を作り出す大変さを、あの3年間のアシスタント時代で
忘れられないほど…目に焼き付いた。心にも…
それが、自分の考え方が変わった初めの一歩だったと今思う。

今回はたとえ新人でも、
どんなことがあっても誰も助けてくれない。
自分で乗り越え書き上げなければ…

書き終わったら報告したい。

師匠も同じだった。
同じ会社なのでスタッフの方からオレが脚本を書く事を聞き、
喜び、心配しつつも
「頑張れ!ウニ(アシスタント名)!!大丈夫!」
心の中で、ずーっと想っていてくれたそうだ。

終わったらお互い笑顔で会いたいと。

だから、師匠もオレに連絡しなかったと聞いた。
お互いの気持ちが同じだったことに涙が出た。

打ち合わせで、
悩んだり、煮詰まったりした時、休憩時間に、
フロアに流れる『天然コケッコー』を見に行った。
そして気持ちを切り替えガツガツ!歩き出し、
会議室へ戻って行った。

話しは戻り、
会議室で初めて、プロデューサーの方とご挨拶。
……長くなったなぁ〜
ってなことで又明日。バイチャ!

西魔女7脚本奮闘記へ つづく
6_2

2008年5月 8日 (木)

新聞出るのオレ明日

Photo_4

2008年5月 7日 (水)

ホコ天で…恥ずかしい

Photo_3昨日、
プリンターのインクを
買いに新宿に行った。
いまでも、ホコ天?
というのかな?
10年ぶりに
ホコ天
に遭遇…

新宿のメイン通りは
ホコ天だった。
お休みの日なので、
歩いている人は
ぶ〜らぶ〜らしてるので

オレも歩きやすい。
外人さんに交じりパチリ!

運動不足がたたったのか…
直ぐ足が痛くなった。フラフラしてきた。

本屋の紀伊国屋の前に四角く屋台みたいな形で
本を売っている人に
「○○はどこですかねぇ〜」と台に手を付いた瞬間、
その台の足にはコロコロついているんだろう。
オレは台の上に乗り、ウルトラマンが空を飛ぶような格好で
真ん中にいる、店員さんとレジまで飛んだ…
レジは倒れそうになり…店員さんは逃げた。

激突した。
周りにもスターの様に見られた…それは嘘で、
スターじゃない…変な人に見られ中々恥ずかしかった。

その後、ジュンク堂(三越の本屋)のエスカレーターで
iPodをポケットから出したら、ミミに付いている左側の
スポンジが出した拍子に何処かに飛んで行ってしまい、
エスカレーターの前でウロチョロしていたら、
今、エスカレターの事故が多いのか、
「何しているんですかっ!」と怒られた。
分けを言ってもとても小さなスポンジだし…
「とにかく危険だから
     エスカレーターの近くで遊ばないように」

と…
(だから遊んでんじゃねぇーだよ…スポンジだよスポンジ)

なんだか…よくわからない日だった。
帰り、中村屋のカレーパンを買って帰った。

2008年5月 5日 (月)

西の魔女が死んだ5

夕食前だろうか…家人がデリバリーを頼んだ…

ファンタジーにしたくないの。
 ファンタジーじゃないから。
 この物語の根底は…凄いシリアス。
 当り前よ〜学校行けなくなったのよ!
 そんだけでも、その年代でもキツイさぁ〜。
 子供ってさぁ、大人より経験もない、
 だから自分の気持ち言いたくても
 言葉のボキャブラリーも少ないじゃん!
 だから大変なのよ。
 何か一歩上がろうとする時…
 それが、この物語では学校に行けなくなったことだけど、
 それだけじゃない…
 命の話… んが〜〜… 沢山沢山…

 脚本にするにも、んが!このシンプルさ!

 脚本にする時、
 シンプルな物語を脚本にするほど難しいくらい
 オレにもわかってらっ!

 プラス。この物語に書いてある、
 ばあさんが話している数々のセリフ…どうすんの?
 おばあさんの言葉も口調もこのまま大切にしたい。

 まいの張りつめた心の線が少し緩んで微笑むまで、
 映画特有の場面飛ばししたくない。
 そこら辺をキチンと積み上げて行かないと、
 おばあさんとまいの関係が…
 この物語が成立しない…

 …読めゃ〜ロングセラーって…分かるよ。

 あたりまえのコンコンチキだ。

 今の世の中の人達、偉そうな言い方で嫌いだけど、
 ひきもり?社会人?学生?ご老人?
 人間関係、仕事関係、知り合い、友人、親戚〜〜
 生きて生活していれば、
 年齢かまわず色々な事にぶつかる。
 そんな時この小説には、そんな自分を励ましてくれる
 言葉が沢山ちりばめられているのよ。
 人の心の琴線に必ずふれる…
 これって死ぬまでの…
 もしかしたら心の国語辞典だよね。
 だから10?年経ってもベストセラーなんだよ。

 そうだと感じるよ。

 

…後、この物語の空気感。

 

 これを脚本に書かないといけない…それは絶体ね。
 どうすんだ…空気感って文字に出来ンのか??
 でも、引き受けるからにはやる!絶体!
 どうすんのか分からないけど火事場のバカ力でも
 なんでも、空気感、文字にする!
(ああ…この分けわからない負けず嫌い嫌になる…)

「うん。ファンタジーじゃないね」

「ファンタジーなんて絶体違うのよ!これは!
 これはファンタジーじゃない!
 おばちゃんが 
    魔女でも魔女じゃなくてもいい!
 映画を見た人が最後に自分で決めればいい」

声がかれるほど話した。
朝方、白熱したのか熱は下がっていた。
そして…脚本を書く事になり…
プロデューサーに会いに行く事になった……

さて、どうなるんでしょう?

西魔女6脚本奮闘記へ つづく

脚本・矢沢由美(水島かおり)より
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2008年5月 4日 (日)

気をつけて遊んでね

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2008年5月 3日 (土)

西の魔女が死んだ4

無理だ。書けねぇ。こんな心温まる物語。
 あんた頭おかしいんじゃねぇーか?
    オレの性格見てるだろ15年も…」


「そうかな。オレはそうは思わないよ全く。」


「はん!こんなベストセラーで名前出して…
    コケたら嫌なんだよ。ようは責任取りたくない。
 そういう人間なのオレ。楽な方が好きなの。
 それに今書いてる小説書き上げないと…」


「あれだけ逃亡し続けていたんだから…腸炎になっ」


「うるせーー!!痛い目に合わすぞ…んなぁろー!」

家人はとにかく、
オレが『西の魔女が死んだ』を読んで、どう思ったのか…
(んなぁ〜昔読んで知ってんだ。バカヤロー)
それは、ひつこく、ひつこく、とてもとてもひつこく
根掘り葉掘りと、山堀り、岩掘り、岩石掘りの如く、
寝かせず聞きだし、聞かれると、
おしゃべりなオレも、
ガンガン!バンバン!ボンボン!
熱く、又発熱しながら朝になるまで白熱し語り通した。
腸炎がまだ完全に完治していないオレを次の朝まで…
ようは徹夜だ。
あいつはぁ〜鬼だな。人間じゃね〜。

オレは言った。

「この物語を映画にする方がバカだ!
       無理って言ってンだよ!」

徹夜話しのガンガン!バンバン!ボンボン!は次ぎに、

西魔女5脚本奮闘記へ。つづく
脚本・矢沢由美(水島かおり)より

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2008年5月 2日 (金)

歯医者で口を開けない。

今日、朝の10時まで仕事し倒れ寝た。
午後2時半から歯医者。
30分前に起きて慌てて、
上、ジャージのまま、ジーパンはいてバスへ。

12月からとんでもない不規則暮らし。
…尻も痛くなってきた…痔になりたくない。
祈るばかりだ。

(歯医者にて。)

「最近生活状態はどうですか?」
「…言えない」
「え?…だいたいでいいですよ」
「酷い…」
「…。じゃ、お口開けて下さい」
(開けない)
「あの…口開けて下さい…」
(開けない)
「あの…」
開けられないんです!!(オレ起き上がる!)
   オレのプライドが!許せない!歯を見せたくない!
   ひっ!酷いと思うんです!
 
タバコもバカバカ!机で気絶!
 
いつ寝ているかわからないっ!!
「お、お…落ち着いて下さい。大丈夫ですよ。
   定期的にメンテナンスしてるじゃないですか?
   さぁ、口開けて下さい」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まぁ〜タバコ吸い過ぎて良かったですね♪
   歯茎がタバコの影響で貧血になって出血してないわ。
  じゃなかったら
血が噴きだしていたかもしれませんね♪」
「あの…これから、
   メンテナンス、二ヶ月おきを毎月にしてください!」

「…あの、右の顔…帽子深くかぶった方が…」
「へっ?」
「寝跡の線が何本も…」
「はっはははは〜〜♪」「ふっふふふふ〜〜♪」

良い歯医者だ!52jpg_2





2008年5月 1日 (木)

西の魔女が死んだ3

34歳の頃?家人の勧めで、ある物語を書いた。
50ページくらいの…その時は何も分からず…
それが、オレが物を書く始まりだった。

その短い50ページの物語は、
連続ドラマのお話も頂いたが、断った。
よく考えれば、まだ自分の中で書ききれていない…。
相手は怒った。当たり前だ。だったら見せるな。だ。

それから数年間という時間が経ち…
家人の勧めで、あるプロデューサーに
その物語を読んでもらう事になった。
そのプロデューサーの方は、

「まずはこれを小説にしてみないか?」
「あ…実は書いてまだ一度も読み返してないんです」
爆笑された。
「80%、書き上がっているから大丈夫。
 後は水島さんのそのままの文体でいい。
 多分…もう少し自分の中で、
    書き足りない気持ちがあるんじゃないかな?」

初め恐くて、やはりお断りした。自信がなかった。
それから1年間、その方は
「やってみよう。大丈夫」と励まし続けてくれた。
1年間、その事は誰にも言わなかったし、
読み返しもしなかった。

そして今のミドリ社長に出会う。
その話したら、ポンと背中を押してくれ、
ミドリ社長のキャラクターなのか自信が出てきた。
Photo_5
(ミドリ社長とオレ)

書いてみようと決めた。
1年間励まし続けてくれた、
プロデューサーの方に二人で会いに行った。
それが一昨年の7月。

しかし、その半年前に、
又、ミドリ社長にポンと背中を押され、

その小説の物語の題材を元に絵本を書き出していた。
又もや、有る方に…出版社とは関係ない、
ある有名なCM会社の
有名な演出家、プロデューサーの方に
昔のよしみで、図々しくも無料で忙しい中、
指導して頂いていたので…
小説は「それが終わったら」という事になった。

同じ頃、家人がその当時、『西の魔女が死んだ』
映画で動き出している事は知っていた。

しかし、
一昨年の12月から去年の1月まで、
オレは…とても小説に煮詰まり…
家を飛び出し、いろいろな地方に逃亡していた。
そして1月の半ば、
ある地方で腸炎になり家に戻りで寝込んでいた。

ボロボロになったオレに、家人が言った。

「オレが、『西の魔女が死んだ』の脚本を書く事になった」
「…なして?今さら…」
「理由はどうでもいい。
  今度、これからお前と仕事していく時は
  今迄の様なパートナーとしてではなく、
  一人の脚本家として一緒に仕事して行きたい。
  今回、責任は全てオレが持つ。 
   原作、だいぶ前に読んでたよね?」

「…うん。でも…オレの仕事が…」
「そのプロデューサーにはオレが事情を話す」
「…でも直ぐ返事出来ない。
  もう一度、原作読んで考えさせて。
  たぶん良い返事は出来ないと思う。
  嫌いじゃない、好きな本だから余計…
   ………とにかく明日まで時間ちょうだい」

………。しかし、時間がなかった。

西魔女④脚本奮闘記へ。つづく

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(音楽/トベタ バジュン
    写真・フォレスト・ストーリー~Sound Scape
   映画「西の魔女が死んだ」
CDより)

うつ病1

数年経ち、
今、やっとその時の自分を冷静に見つめられ、
そして、書けるようになった。

36歳??かな?
ある時、全てに疲れてしまい、
カメラの前で感情が動かなくなった…

そんな壊れたオレを復帰をさせてくれたのは物作りだった。
映画編集、脚本、絵本、キャラクターデザイン〜

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(映画・“ロマンス”より)
女優さま。なのに…
なして?今、映画の脚本を書いているのか?
それもたまたま流れに添っての成り行き…人生分からん。
しかし…時代が変るように、
自分の気持ちも変ります。
これからも変るんだろう人間だしなぁ。

まっ、生きてりゃ、その時の状況も〜いろりろあり、
変っていくのが当り前っていうの?それでいいやと思う。
頑張る時は頑張っちまうんだし…
川が流れるように流れる時はそれはそれで、
休みたくなったら寝りゃ良い♪

20数年間の女優さま時代があったから、
今の全てがあり、
前よりも…今も少しはやっているんだけど…
でも、
女優さまの仕事を続けて行きたいなと、
今、素直に思えるようになった。
そんな事を思える自分が嬉しい。

しかし、世の中そんなに甘くない…でも…いいのだ。

もちろん、うつ病になり、
「同じ人間と思われたくない」
と言われ傷ついた事もあった。

でも、そんな事を乗り越え、
沢山の時間、沢山の周り人々…が、
どれだけ力になってくれたか、その時は分からなかった。
今だからわかるんだね。
そんな事を…ゆっくり書けていけたらと思う。

…今年、オレが44歳だから10年前??…
相変わらず数字に弱い。月日が経つのは早いな〜

重度のうつ病。
辛かったな〜〜あれは…

でも、医者の言う通り、相当酷かったのか、
このオレが珍しく先生の指示を…っていうか、
気力も何もないのが、うつ病で…先生の…言葉…
素直に…ただ…聞き…それと、
芸能界に詳しい先生で…で、2年で完治。
変な事、言うようだけど、

『うつ病はオレの大切な宝物』
   

になった。
なぜなら…
自分の弱い所がハッキリ分かったから。
自分の弱い所が分かるというのは、
反対にとても自分に強くなる。

先生が言った。
「体が風邪ひくように、
    心も同じように風邪ひくんだよ。
    あれ〜?と思った時は内科に行くように
    いつでも来なさい。
    日本は、そういうの遅れてるからね。
    偏見もあるだろし」

(完治してから今んとこ、ねぇーなぁ〜〜)

その当時、うつ病はまだ珍しく、
病院に行く事も恐かった…オレも人の子、
女優さまが心療内科に?…バレたら、どうすんねん?!
ので、変だなと思いつつ、心療内科に行けなかった。
今はそうでもないけどね。皆、告白してっから。
♪春うらら♪
家人に腕を引っ張れ、泣きながら行ったなぁ〜〜
(つづく)

一応、オレの女優さま以外のプロフィールです。
1964年東京都生まれ。
    1980年、俳優水島かおりとしてデビュー。
    夫・長崎俊一が監督した、

『ドッグス』(主演(98)、『柔らかな頬』(01)
  では
雲丹の名義で編集を担当。世界中の映画祭へ。

『8月のクリスマス』(05)では脚本を共同執筆し、
   クレジットされないものの実質的な脚本家デビューを果たす。
  そして、

  今回『西の魔女が死んだ』でも脚本を担当、
  長崎のパートナーとしての役割を大きく越え、
  作品に貢献した。
  現在、独特の個性をいかしオリジナル脚本、
  小説、絵本なども執筆中である。

毎回とは言えないけど、
自分が感じた経験した事を嘘なくゆっくり

綴っていきたいと思っています。

水島より

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