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2006年11月29日 (水)

手塚眞監督と!!

Photo_33オレと手塚監督とは同級生だ!
オレが映画デビューした
大林宣彦監督の薬師丸ひろ子ちゃん主演の
『ねらわれた学園』
で、
手塚監督とオレは学級委員を務めたのだ。
その時、手塚監督は誰か分からないような分厚い眼鏡をかけ、オレは16才でプリンプリンしていた。
時間的にいえば凄い長い関係なのだ。
その後も、家人でもオレの、このブログに書いてある様なキャラクターの役はさせる度胸がないのか…
Photo_34でも、手塚監督は
『妖怪天国ゴーストヒーロー』

という映画でオレ自身の
キャラクターをヒロインで演じさせてくれた凄い度胸の監督なのだ!
普通、オレのキャラをそのまま使う監督は、
芸能生活27年になるが未だに手塚監督だけだ。
その後、手塚監督は
坂口安吾の『白痴』
を撮る事になり、オレは「出たい〜出たい〜」と叫び出演させてもらった。
その役は謎の司会者の役で!
やっぱり、手塚監督好き好き!メイクから立ち合ってくれて、
謎のメイクだった。
頭はひょうたん型、お目目は青!目の縁取りはお星さまシールでギラギラ!
演技も手塚監督の即興なのかなぁ〜
「こんな風に踊ってセリフを言って下さい」と、
いつもの静かな柔らかな声で説明してくれた。
本当に不思議な役で楽しかった。
家人は「こういう人が本当の天才なんだ。日本では彼しかいない。」と見ると必ずいう。
そして、今日、何年振りだろうか手塚眞監督が
企画プロデュースを務める『坂口安吾映画祭』に行った。
上映が始まる前にマネージャー、ミドリさんもこの映画祭には関わっているので、手塚監督に挨拶しに行こうということになり監督の顔を見たとたん!
「ギャホー!ギャホー」と叫びオレの性格は変らない。
興奮した。上映の時間もあり会話は…まぁ、
オレがワーワー勝手に話し盛り上がり、監督は毎度の静かな優しい声で、
落ち着いたら、ご飯食べようね」と言ってくれ、
バイバイした。
手塚監督のトークは凄く面白い!
ゲストからの話しの聞きだし方や、
それを分かりやすく説明してくれる話しは、
「ちょっと!もう、こ一時間やってよ!」って感じ。
でも上映もあるのでアッという間に終わってしまった。
今日は『桜の森の満開の下』だった。
監督は篠田正浩、主演、岩下志麻。本当に原作に忠実で、
岩下志麻さんの生首との愛撫や接吻は恐かった。
桜なんかよりもっと恐かった。
なぜ、この日を選んだかと言うと、篠田監督夫妻とは大きな繋がりがある。
日本で海外の映画祭が今よりメジャーになる前に、
オレは2000人だか忘れたが、そのシンデレラガールとして選ばれ、篠田監督の近松心中物語りの『鑓の権三』に出演する事になり岩下志麻さんの娘役を演じた。カメラマンは今は亡き、宮川一夫さん。
その作品がベルリン映画祭で銀熊賞を取ったのだ。
その映画際には監督とオレと2人で参加した。
まだ、ベルリンの壁がある時期で、パスポートをもって壁の向こうへ行った時、
オレは大変なショックを受けた!
壁を越えたとたんモノクロ世界。
兵隊さんが銃を持ち普通の道を歩いている。
看板も何も無い。車もモノクロ。赤なんてないのだ。
一番豪華なホテルも凄く明かりがなく寂しい。
渋谷の交差点のような一番華やかな街にも人がいない。
所々に大砲で壊されたビルがあり、そこはそのままマンションとして使われてた。そして、叉、壁を越え帰ってきたら
オールカラーの世界。
オレはカルチャーショックを受け熱をだし寝込んでしまった。
なので、賞を受け取った時の記憶がないのだ。
着物は着ていたと思う。
その後、家人との映画『ロマンス』で、再びベルリン映画祭に行った時は壁は壊された後だった。街はすっかり変っていた。
いろいろ感じたが…今日はやめておこう!
うん?
何話していたんだっけ?そうそう!
『坂口安吾映画祭』は渋谷のイメージフォーラムで12月1日まで続きます。
Photo_5

























今日、29日(水)夜9時、『カンゾー先生』です。
ゲストはなんと!坂口安吾さんの息子さんです!
どうぞ、早めに!夜9時からです。
その前に、整理番号が発券されます!
手塚監督のトーク!面白いですよ!
ホント。お世辞なくて!
30日(木)朝、10時、『カンゾー先生』
     夜、9時、『不連続殺人事件』 
   (かなり面白いらしい!)ゲストあり。
12月1日(金)朝、10時、『白痴』
       夜、9時『桜の森の満開の下』

詳しくは、坂口安吾映画祭公式ホームページ 
http://angoff.com
Photo_39














『妖怪天国ゴーストヒーロー』のオレ!タマミちゃん役!

Photo_45














家人は、こんなふうに、オレに殴られています。

Photo_47













実は!マネージャー、ミドリさんも出演してるのですよ。

次回は、つい最近のオレと家人との間に起きた
離婚捕物帳をお送り致します〜!

2006年11月24日 (金)

時代劇レポートIN東映太秦!!

10月のある夜、「さぁ〜寝るベ〜」と寝かかった時、電話が鳴った。
京都のYプロデューサーからだった。
「来年から始まる松平健さんの『遠山の金さん』の2話目の
ゲスト主役に出ろ!」
と言うのだ。
オレは一応、女優さまと言いつつ、2年間女優さまの仕事は
一切していない。
その間したのは、家人と海外の映画祭回りやナレーション
くらいなのだ。
2年前、30歳代に役者の仕事に突っ走り続け過ぎ、ある日
心が空っぽになり感情が動かなくなり、このままじゃ不味い…
と言うわけで役者の仕事を辞め、
人生とは分からないもので知らぬ間に、
描く、書くの仕事をするようになり今、
締め切りに追われている。
オレは正直に、
「2年間、まったく役者の仕事してないし無理ですよ。
あと…実は絵本と本の締め切りが2つあって今も間に合わない状態なんですよ。」

「S監督だから大丈夫だ!出ろ!!」と、延々と話し、
「じゃ明日、マネージャーに電話させます…」
と言って電話をきった。
YプロデューサーとS監督は、
オレが時代劇に初めて出た頃からとても可愛がってくれている
人達なのだ。
翌日、マネージャー、ミドリさんと…
「ミドリさんが台本読んで良いと思ったら決めていいよ。
あの方達は、つまらない台本だったらオレに声かけないから」

台本を読んだミドリさん、
「死ぬほど出番あるよ。でも良い役だよ。」
「ぎょっ!…ええ〜い!後は野となれ山となれだ!!」
締め切りは何とか延ばしてもらい出演しようと決めた。
というわけで此処は京都、東映太秦撮影所です。
オレの事情も考えてくれて早く終わらせてくれる為に朝から晩までハードなスケジュールですが、ありがとうございます
です。
今日が最終日です!今日も朝5時に起きました。

6時メイク開始!お目目を覚ましましょう!
Photo_71













これで下地は完成!
Photo_77












    結髪部、かつらは七部といって顔の縁の髪だけを地毛として使います。
Photo_78












    此処は衣装部、着付けをしてくれています。
Photo_94
















さぁ〜放送で呼ばれました。行きませう!
今日は晩までセットですよ!
Photo_80













真ん中の子供がオレの子供の役の新太です。
オレがセリフを間違えると教えてくれる
とても良い子です!
Photo_81













お昼はきつねうどん。
何で京都のきつねうどんはこんなに
美味ナンでしょ〜う!!
Photo_82













ちょいといっぷく〜フゥ〜。
Photo_83













さぁ〜ラストに向けて出発!
Photo_87













皆さんも続々と準備してます。
Photo_88













「はぁ〜終わりました〜」
Photo_91













初めはどうなる事やらと心配でしたがスタッフの方達も毎度
ですが皆温かくて良い人で、早く終わった時は撮影所の近くの店で監督やカメラマンさんや照明のチーフさんと飲んで盛り
上がったり、Yプロデューサーには京都に行くといつも連れて行ってくれる焼き肉屋(京都の焼肉は美味い!!)でご馳走になり、
「役者に早く戻れ!!勿体ないぞっ!監督も言ってたぞ!」
と一喝され、
「だから7月から始めたんですよ〜ォ」と、
霜降り肉をモグモグと食いながらワイワイ話しゲイバーなんかで遊んだり、ホント此処は第二の故郷現場だよ〜オレ幸せ!
役者の仕事は本当に今年7月からミドリさんと
「ゆっくりやって行くべ〜」とマイペースな感じだけど
始めたんだよね〜。
良い感じのペースで、心の引き出しも新たに溜まり、
今回、京都に向かう新幹線の中で、
演じる時に芝居をするのは、もうやめよう。
例え、1日の話しでも10年の話しでもそこに生きている事が大切なんだなと家人と最後に仕事した『闇打つ心臓』をやった時に感じた事を思い出した。
反対に芝居する事って簡単なんだな。
今、此処で生きてることをする事の方がとても
大変なんだなと、今回新たに何かつかめたような気がする。
それが何なのか確かな事は分からないが…
今回、そんな事を気付かせてくれた第二の故郷現場の暖かい
暖かいスタッフの方々に感謝したい。
違う作品を担当しているスタッフの方も会いに来てくれたり
とか…とても嬉しかった!
心から東映太秦のスタッフの方に言いたい。
本当にありがとうと。叉、役者に戻れそうです。

放映される時は叉告知しますので皆さん是非!
見て下さいね!
Photo_93

2006年11月22日 (水)

婚姻届で爆睡!!

Photo_31今日、11月22日で
オレ達夫婦は結婚14年目を迎える。
我ながらよく続いているなぁ〜と感心する。
11月22日は、
『良い夫婦』という意味が今付いているが、
世の中にうといオレら夫婦はそんなことも知らずにその日に籍を入れてしまった!
後で気付いて、
「ああ!恥ずかしいーー!!」
と2人でなげいた!
婚姻届を出しに行く時、オレの頭の中にはこれから渋谷区役所に2人で行って、2人で届けをだすのだ。
と想像していたのだが…
コンビニの前でラーメン食っている若者たちにオレは文句を言えない…
引っ越しの疲れか、待合室の椅子に大の字でいびきをかいて寝てしまったのだ…
家人に起こされた時は婚姻届の手続きも家人1人で全て行い終わった後だった。
家人は
「よだれを拭きなさい」

とティシュをくれた。
そのまま寝ぼけ眼で家に帰り、その夜、
友達とのおでんパーティーに1人で出かけ皆に
「今日さ婚姻届出してる時寝ちゃってさぁ〜」

と言ったら皆が慌てだし、
「あんた!そんな大切な日に何で来たんだ!」
と罵倒され、タッパーにおでんを2人分詰めてくれタクシーを呼んで帰された…
今思うと、確かに可哀そうな事をしたなと思う。
でも、男って結構根に持つもんだなと思う。
家人と結婚する前、どうしょうもない男と付合っていて結婚
とか男なんかもう冗談じゃないぜ!
と思っていた時に仕事で家人と知り合い自分から言い出させず家人の周りの人々が遠巻きにオレに対する気持ちを言ってきた。
その人達のセッテイングで会い、何となく電話番号交換なんかして、初めてデートらしきものに行った時、
人を誘っておいてほとんど何も喋らないのだ!
別れ際、オレは腹が立ち家人をぶん殴った。
「何にも話せないなら誘うんじゃねー!
なんなんだよいったいっ!!
オレは男はこりごりナンだよー!!」

ブンブン怒りながら帰ったが、
「お友達から初めましょう」
なんて変なこと言って、それからも数回友達連れで会い、
数少ないオレの事をよく知る友達連中が、
「この人絶対!離したらこの先ろくな結婚出来ないよ!
特にあんたの性格の場合は!」

と、異口同音に散々言われ、なんかその前の散々な男の事も
あり半年足らずで、あんまり好きじゃなく、
「まぁ〜良い人だわね〜」
みたいな感じでやけっぱちで結婚したのだ。
でも、暮らす内にだんだんとっても好きになっていった。
……と、
結婚3年過ぎた頃に家人に話したら、その時は黙って聞いていたが、それから数年経ってからだろうか、
「どうせ、初めはおれのこと好きじゃなかったんだよなぁ…」
とよく言うようになった。オレは、
「いいじゃん!今は大切な人で好きなんだから。
大体嫌な奴だな今頃になってなんだよ。
文句あんならそん時言えばよかったじゃん!男だろ〜。
嫌んなっちゃうな〜グチグチ〜うるさいよ〜〜
今、あんたオレのこと好きでしょ?あんたは?」

「好き」
「だったらそれでいいじゃん。
いい年こいて中学生みたいな事言ってんじゃないよ〜」

前は、あれだけ無口でオレが話さない時は蛍光灯のツーって
音しか聞こえなかったのに、5年前くらいから、よく口答えをするようになった。
「そうしないとストレスが溜まって死んでしまうから」
…らしい。
人間変るもんだ。静かで良い人だったのに。
最近うるさい。よく、しゃべる。
さぁ〜オレらの夫婦生活はいつまで続くかなぁ〜
Photo_34













さて、次回は『時代劇レポートIN東映太秦』をお送りしますね!

2006年11月19日 (日)

一匹ひつじ(13)

 151_21














  152_14














153_4
   

2006年11月 5日 (日)

ぶっ飛ばせなかった…!!

10月31日に家人の映画撮影も無事終了した。
しかし、オレの絵本の〆切りは間に合わなかった…
「10月17日のブログで締め切りに間に合わなかったら家人をぶっ飛ばしてやろう」
と書いたがぶっ飛ばす気力もなかった。
今、家の中は北極の静かなブリザードが吹いているようだ…
考えれば家人も可哀そうな奴だ。普通の妻なら、
「お疲れさま〜!!無事に終わって良かったわねぇ〜〜!!
明日は美味しいもの作るからねっ!」
なんて言われるのだろうが、
撮影中も家に帰ってくる時は自分で静かに鍵を開け、
小さく「ただいま」と家に入ってくる。
オレの机に向かっている背中がとても恐いそうだ。
終了日も一応、家人とビールで乾杯したがオレを恐がっていた。
いつもならオレがワイワイと話すのにただ家人を無表情に
見つめて、
「良かったじゃない。無事に終わって…」
「うん…そんな虫でも見るような目で見ないでくれよ」
「普通だよ…」
とオレの手が握りこぶしになったのを見て家人はいそいそと
自分の部屋に入っていった。
今、家人は編集中で朝も1人でご飯を食べ…
多分、納豆と卵かけご飯の交互だろう。そして出て行く。
オレは自分のペースを今崩すわけにはいかないので無関心を装っているが仕事優先なので仕方がない。
オレは友人の約束はよく忘れたりするが、仕事の約束事は破った事が一度もないので相当凄い形相しているんだろう…
でも、これがいつもかといったらいつもなのだ。
家人が仕事の時は余り優しくしない。
つけ上がるから。所詮、こういう仕事は自分しかない。
まぁ、落ち着いたら少しは優しくしてやるか!

余談になるが、前に『柔らかな頬』の準備に入るのが丁度
お正月ちょい過ぎで、家人が体調を崩していたので
「今回は実家に帰るの終わってからにしたら?」
といっても聞かず案の定、元旦からインフルエンザにかかり、元旦の夜、2日と夜中に何度か救急で病院に行った。
2日目の夜中オレはぶち切れ、
「お前は根性がないんだっ!甘っちょろい根性しかないからこんなふうになんだっ!作品に対して根性がねぇんだーー!
だらしねー奴だ!!」

と家人の枕元に仁王立ちになり叫んだ。家人は、
「なりたくてなったわけじゃない…」
とはぁはぁしながら言ったが、オレは、
「なさけねぇー奴だ!そんなんじゃろくなもん撮れねぇって言ってんだよっ!」
と言った。
人間とは凄いもので、家人は相当腹が立ったんだろう。
翌日からフラフラしながらでも驚異的な早さで元気になった。
そんな事もありテレビだというのに色々な海外の映画祭に
呼ばれた。
それ以降もきっとオレのおかげだな。
テレビでも何でも海外の映画祭に呼ばれる。
家人も病気をしてもオレが優しくしなく、
反対に怒鳴り散らされるのでめったに寝込まない。
自分の体調には気をつけているようだ。
夫婦っていうのはあんまり優しくしない方がいいもんだ。
Photo_30

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